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アセスメントの意味≪書き方と看護≫


●意外と捉えきれていないアセスメントの意味と
書き方のコツとは

看護の勉強を始めた時から、病院で働き続けている今になっても、
耳にタコができてしまうほどよく聞く単語という物が、いくつかあるのではないかと思います。

そのうちの一つに、「アセスメント」という言葉も含まれていますよね。

嫌になるくらい本当によく聞く、看護師の仕事とは切りたくても
切り離せない重要なプロセスの一つではないかと思います。

しかし、学生の時には特に多く、「アセスメントが苦手だ」
「何回提出しても、先生に“足りない”と返されます…」と苦しんでいる方を見かけます。

というより、私もそうでしたし、私の友達も結構苦しんだ当事者でした。

なぜ、アセスメントが苦手なのか、不十分だと言われてしまうのか。

それは、“アセスメントをする”ということの真髄を、
ちゃんと理解できていないからなのだと、今になれば分かることなのですが…。

苦手・わからない理由とは

当時は、「勉強した“アセスメント”の手順の雰囲気を真似して一応やっているのに、
なぜダメと言われるのか。それがワカラナーーイ!」と思いながら、悪戦苦闘していたものでした。

そうなのです。

教科書に書いていることを、先生から「こうだよ」と言われた事を、
自分でちゃんと会得することなく、闇雲にそのまま実行していたから、
いつまでたっても何がダメなのか分からなかったのです。

「アセスメントをする」ということは、

①患者さんの“現状”を全て把握して、
②その現状に繋がる“過去”の情報もちゃんと収集して、
③そして今現在の状況から“今後”どんなことが起こり得るのか

ということまでを全て考えた上で、
どのポイントに看護介入していくのかを決めていくことなんですよね。

全体像が分かったところで思うことは、「スケールが大きすぎる!」ということでした。

毎日の実習記録や、新しい知識の勉強に追われていた学生時代には、
目の前の受け持ち患者さんの『過去―現在―未来』のすべてに目を向け、
そこから必要な看護介入を考えていくなんていう余裕を持てなくて、
目を背けていたから、ずっと先生に「足りない」と言われ続けていたんだと、
今になって納得している筆者です。

なんともお恥ずかしい話です。

客観的に評価・分析する!看護ケアの方向性

ここでもう一度、看護における「アセスメント」について、
どのようなものなのか確認しておきたいと思います。

一般的に用いられるアセスメントという言葉の意味は、
ある事象を客観的に評価することとされています。

看護の領域におけるアセスメントは、看護過程の段階の一つとして、
看護師が対象者について収集した情報を客観的に評価・分析することで、
“今”問題として起こっている事象は何なのかを把握する過程と言えるのではないかと思います。

アセスメントに用いられる情報としては、バイタルサインの数値や検査データ、
または対象の表情や排泄の状態など、看護師が客観的に把握できる情報である客観的情報と、
対象者自身が発する主訴や言動といった主観的情報があり、これらを相互に裏付けしながら、
対象者を取りまく看護上の問題を理論的に分析していくことになります。

このような客観的で理論的な分析を行うことで、対象が抱える問題点やその優先度を判断し、
看護ケアの方向性を明確化することにつながっていくのです。

アセスメントを簡単に表現するとすれば、『問題点に対して、
看護介入が必要なのかどうかを見極める』ということになり、
そのためには、その患者さんに起こっているすべての問題点を挙げておく必要があるのですね。

効率的に進める看護理論ツールとは

アセスメントに際して、収集した情報は看護学的な視点で分析しなければなりません。

一般的には、

ヘンダーソンの「14の基本的欲求」、
ゴードンの「11の機能的健康パターン」、
ロイの「4つの適応形式」、
マズローの「5つの人間のニードの階層構造(欲求5段階説)」、
NANDAの「13領域による分類」

といった看護理論が枠組みとして使用されています。

これらのツールを用いることで情報の整理が行いやすくなり、
現状の判断、原因の特定、理由の考察、今後の展開の予測を確実に行いながら、
収集した情報の分析・整理をしていくようになります。

アセスメントが苦手な人は、よく「アセスメントが浅い」
という指摘を受けることもあるのではないかと思うのですが、
それは「=裏付けの根拠が不十分」ということが言えるようです。

「浅い」と言われた項目について、もう一度客観的情報、
主観的情報の収集をやり直し、本当にそのアセスメントで導き出した問題点が、
今最優先で必要なのかを検討し直してみることで、そんな指摘も改善できるかもしれません。