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日赤職員である自覚が芽生えたできごと


私が就職していた日赤病院では、新人研修の一環として
宿泊研修が毎年の恒例行事となっていました。

携帯の電波も入るか入らないかという状況で、
小学生の宿泊学習に使用されるような施設だったので、もちろんテレビなんかもなく、
必然的に同期入社のメンバー同士で各部署の情報交換をしたり、
今の仕事の悩みなどを話したりしてそれまで話したことのなかった同期たちと
交流する機会となっていた記憶があります。

この宿泊研修では、おもにスタディーセンターと呼ばれる災害救護関連の座学や技術講習、
グループワークなどを行ったのですが、同期達とは1日中一緒に行動していたので
おのずと仲間意識も一気に高まった研修だったなと感じています。

災害救護に関わる訓練が盛りだくさんの宿泊研修

座学では、災害医療についてや災害時の日赤の役割、
行動計画といった災害発生時の行動マニュアルや、
事故や災害時におこりやすい症状・傷病名などについての講義がメインで、
他には同期間の交流をさらに深めるためのグループワークや
レクリエーションがおもなプログラムとなっていました。

実技講習では、ロープの結び方やテントの設営の仕方、
野外病院での応急処置の仕方などを何度も練習していたことを覚えています。

また、宿泊研修のプログラムの一つとして、
当時はこの研修の目玉企画となっていた「登山」という項目もありました。

運動嫌いの私は、出発の直前まで「雨で中止になれ」と祈っていたのですが、
ありがたいことに当日の早朝にはすっかり雨も止んで、
「出発に支障なし」との判断も下され、無事に山登りが始まることとなりました。

この登山では、道中で無線の使い方の訓練なんかもあって、
結局すべてのプログラムで災害時に活用する技術や
手技についての研修内容が盛り込まれていたのです。

この研修は2年目に入ってすぐに行われたのですが、
この経験を通して「私は日赤に就職したんだな。
何かあったときには、私達が一番に動かないといけないんだな」という
自覚と責任感を芽生えさせえくれる大きなきっかけの経験だったなと、
今振り返ってみると強くそう感じます。

日赤以外の病院に就職していたら、
就職2年目ではこんな経験をすることなんて
ほとんどと言って良い程まず無いですよね。

このような経験を就職一年目から着々と積み重ねていくことで、
日赤の看護師の中には、国際救護やDMAT隊員になるということを
強く志願しているという方も少なからずいらっしゃいました。

将来は、海外で災害救護や国際援護をやってみたいという目標

日赤という施設で働いている職員の中には、
その看護師としての人生を国内の病院の中だけで終わらせるのではなく、
将来的には海外に派遣部隊として参加するという目標を持ち始める方もいます。

日赤以外の病院施設で働いている看護師よりは、災害救護などの学習機会も多く、
なにより日赤という組織の特性上海外派遣も行われているので、
その目標が実現しやすい環境にいるということは、
この選択をする上で大きな要因となっているのではないかと思います。

国際救護の派遣員となるためには、外科系部署での十分な経験や
日赤の教育システムであるキャリアラダーのⅡ以上といった応募資格も必要となってくるのですが、
各都市の病院によっては、“国際医療救援部付け”の看護師という枠を
設けて募集をしている所もあるようです。

この枠に応募するためには、英語力としてTOEIC450点以上とか、
経験年数4年以上でキャリアラダーⅡ以上といった応募資格を満たしている必要があるようですが、
将来国際看護を志しているという方は、
これを参考に今から準備できる資格について
勉強を始めてみるというのも良いのではないかと思います。