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赤十字職員によるDMATの活動とその養成システム


1995年、日本では阪神・淡路大震災という未曽有の大災害が起こりました。
このとき、民家や企業施設のみでなくもちろん多くの病院も被災してしまったので、
病院としての機能がすっかり低下してしまい、助かる可能性のあった命までも、
助けられなかったという事態となっていたようです。

これは、それまでに災害発生時の災害医療や医療施設側の準備について
注目がされていなかったために、行政や病院側の準備が不十分となっていたためと言われていて、
その反省からその後、災害拠点病院制度が制定されたり、
十分な災害医療を確保できるようその人材育成にも取り組まれるようになっていったということです。

そのような災害医療の体制整備の流れを受けて、
2005年に国は“災害の急性期(48時間以内)に活動できる機動性を持った、
専門的な訓練を受けた災害派遣医療チーム”(日本赤十字社webサイトより引用) を養成することも
その一環として制定し、そのチームが日本DMATと命名され活発に養成が行われるようになっていきました。

DMATとは、主に災害拠点病院に指定された施設の医師や看護師、
事務員といった5人程のスタッフで構成され、災害時には医療資材や器具などを携行し、
真っ先に被災地へ駆けつけて現場での医療活動や広域搬送、病院支援などを行うチームとなっています。

日赤は災害拠点病院に指定されてる施設も多いため、
病院ごとにDMATが養成、配置されています。

日赤では、この日本DMATと同レベルの研修を受講したスタッフで救護班を作り、
実際に被災現場に出動して他のチームと協働して災害医療活動を行っているようです。

私が働いていた日赤でのDMAT

私が勤務していた施設にも、もちろんDMAT隊はありました。

救急部の医師や、手術室の男性看護師、ICUの看護師など
その構成スタッフは実にさまざまで、このDMATを目指して
日々自己研鑚に励んでいるという同僚看護師もいるくらいでした。

私が働いていた間も、病院の近くで大規模な火災が起こったとか、
県外で大きな地震が発生したと聞くと、たびたび出動し活動していたようでした。

男性看護師の災害救護への積極的な進出の可能性

少し前に、男性看護師が女性社会のなかで居場所が見つけられないとか、
男性が看護職に就く是非みたいなものが議論されることがあったようですが、
私がそこで見ていた災害救護に情熱を持って活動する男性看護師や、
DMAT隊員として被災地に出向いて災害医療を行う姿は、
とても素晴らしいなと感じていました。

地震の被災地などは、がれきもたくさんあるでしょうし、
まだまだがれきに埋もれている被災者の方を搬送するといった力仕事も多いと思います。

看護師の仕事とは、病院での療養生活のお世話の他にも
たくさんその力を発揮できる場面があります。

看護の仕事に興味はあるけど女性社会に飛び込む勇気がないと躊躇している方や、
災害医療に興味を持っているという方は、
日赤に就職してDMATスタッフとして活躍するという選択肢もあるのではないかと思います。